カテゴリー: 11 一般的考察

2010年12月07日

富士ゼロックスでセッション

2010年11月27日

The innovations from weak ties

2010年11月21日

最密充填構造

2010年06月29日

MUJIの誕生と崩壊と再生と

2010年06月03日

なぜ今、カワイイ、が流行るのか?

2010年06月02日

宇宙人は、いるか?

カテゴリー: 11 一般的考察

2010年12月07日

富士ゼロックスでセッション

10名あまりのナレッジワーカーによる、セッションが行われた。


9時から3時間余、とっても刺激的で有意義な対話だった。

ここからどんなビジネスの種生まれるかは、主催者の責任(笑)
ただ、私個人には確実にプラスとなった会だった。

如何に自分が狭い中で生きているのか気がつかされるし、高いレベル(論理より感性の面)での議論を楽しめる。

お題は「Contactivity」
ゼロックスがContact  + Activityを組み合わせた造語らしい。
ニホンゴでは「つながっている」と意味づけされていた。

「つながる」ではなく、「つながっている」
ブロードバンド常時接続、と言うわけである。


私がセッションに提起したのはしかし、そのプラス面、マイナス面両方だ。
そのために最初に提供したのは、3つのアニメ題名。

・ガンダム
・エヴァンゲリオン
・蒼穹のファフナー

ガンダムは言わずとしれた、New Type。宙でも人はつながれる!

残り二つはある意味同じテーマだ。それは、つながることによる「自我境界の消失」なのだ

おっと眠くなってきたので、また明日。


2010年11月27日

The innovations from weak ties

『お手伝い本』のために、いろいろ調べ物をしている。

気が向くと、というか、詰まると、というか。
まあ、驚くほどいろいろ面白いことがわかる。

昨日調べたのは「つながり」について。

結局、原稿には入らなかったが、とても面白かったのが以下の研究。

—————————————————————-
さかのぼって70年、やはりスタンフォード大学のグラノヴェッター博士(同時は学生)は、就職についての別の調査を行いました。その結果は、

・今の職は「友人」からでなく「知人」からの紹介だ、が、「友人」から、より多い
・会う頻度が低い「弱いつながり」が、職紹介の83%を占める

これもまた、キャリアが幅広いつながりの中から生まれてくることを示したものです。
——————————————————————

彼はこれを「弱い紐帯の強み」”The strength of weak ties” と名付け、社会学における地位を築いた。

強い狭いつながりではなく、弱い幅広いつながりこそがジャンプを生む、ということを、なんと40年前に示していたのだ。

ロングテール、とかと似てないだろうか?


昨日、KIT虎ノ門の論文中間発表会で、三宅さんがイノベーションとツイッター的ツールの効用について調べると発表した。
そこでぴんと来た。

私はTwitterの独自性は「弱いつながり」の発明にあると思っている。
つまり「フォロー」の概念だ。
相互承認によるマイミクでも、なんでもなく、ただそのヒトのつぶやきを読むように設定する「フォロー」
相手に連絡は行くし、相手は拒否もできるが、基本、無承認の弱いつながりだ。
しかもそれがRT(Retweet)により増殖する。

そういう弱いつながりは、これまでは発展・維持しづらかった。
でもITがそれをTwitterというカタチで可能にしたのだ。


そしてそれは、Innovationすらを生むのかも知れない。
The strength of weak tiesの1つとしての、

The innovations from weak ties、弱いつながりからの革新、

だ。
例えばこんな調査をしてみたらどうだろう。

あなたの着想は、どこから得ましたか?
1. ひとりで
2. 友人とのコミュニケーションから
3. 知人とのコミュニケーションから
4. 繋人(Twitterでつながっているだけの人)とのコミュニケーションから

3.4.が多いと、面白い。


アメリカでは頭打ちになったTwitter利用が、日本ではまだ伸びているという。
参加人数も、1人当たりtweet数も。

日本人はこういうショートメッセージを書くことが好きだ。
きっと得意でもある。俳句の文化、ポケベル現象を見ても明らかなように。

三宅さんの研究成果を、待とう。
私もなんか、調べてみるかな。

2010年11月21日

最密充填構造

高校の理科で習った言葉。
最密充填構造 さいみつじゅうてんこうぞう
ある物体を、空間にもっとも詰め込むのにどう組み合わせればいいのか。
それが達成されたときの、組み合わせ方をそう呼ぶ。
「同じ大きさ」の「球体」であれば、面心立方格子、が、最密充填構造となる(と思われているが厳密な証明はまだされていないらしい)。
面心立方格子とは、サイコロの各頂点および各面の中心に、○がある構造である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%8B%E6%96%B9%E6%9C%80%E5%AF%86%E5%85%85%E5%A1%AB%E6%A7%8B%E9%80%A0
空間充填率は74%。
それ以上を詰め込むことはできない。
menD.jpg
そんなことをちょっと思い出させるくらい、一昨日昨日今日は忙しかった。
金曜: 早朝東京を出て金沢で1日 IBM北信越会議
土曜: 早朝金沢を出て東京で講義と芦花小打ち合わせとKIT説明会
日曜: 早朝東京を出て大阪でグロービス

2010年06月29日

MUJIの誕生と崩壊と再生と

まずはこちらの記事から。


無印良品(株式会社良品計画)には、結構 思い入れがある。 

ハカる考動学』でも実例を紹介しているが、実は、『crmマーケティング戦略』でも取り上げている。 

もちろん、もともと西友の一ブランドだった頃から知っていて、その栄枯盛衰を見てきた。 

英語のNon-branded goods(ノーブランド品)を、無印良品、と「直訳」したセンス。 
わけ あって、安い。いう秀逸なるコンセプト。 
シンプルなデザインと店舗スタイル。 
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でも成功するにつれ、店舗は多様化しチェーン展開の基本である統一的オペレーションを無視した。 
ブランドとしての既存への反抗心が、一律の運営を拒んだのかも知れない。 
低価格をうたうことは出来なくなるなかで、その存在意義も無くなっていった。 

本当は、凄い力を持っているのに。 


2001年、社長についた松井忠三氏は、店舗フォーマットを統一し、マニュアルを整備し、ブランドコンセプトを明確にした。 

それはすなわち、既存の企画に合わない店舗を閉鎖し、新規事業から撤退し、不良在庫を焼き、商品を絞り込む、「捨てる」作業だっただろう。 

そして無印良品は、復活した。 


その後、良品計画がネットで始めた「共創型商品開発」は、そのさらなる進化の現れだった。 

顧客を巻き込み、その智恵をうまく借りて、良い商品を効率よく世の中に出していく。 
日用品で、そして、住宅で! 
ad08 (1).jpg  ad08.jpg

http://www.muji.net/ie/ 


これからも、注視していきたい。

2010年06月03日

なぜ今、カワイイ、が流行るのか?

日本人はとにかく、カワイイ物好きである。 

それ自体はいいのだが、最近はその対象が、人間全てに及んできている。 
ペンギンがカワイイのはともかく、なんで高校生や大人まで、全部カワイくないとダメなのか。 


カワイイとはそもそもどういった感情なのだろうか。 

古典に学べば、最高にカワイイ存在は「小さきもの」である。 

元来、小さいモノはなんだってカワイイのだ。 
ヒトは、小さきもの、つまり幼いものを見たら「良い!」と自動的に思うように、できているのだ。 

それはつまり、カワイイという感情が、生後間もないものを見たときに、それを保護しようとする自動の脳内プログラムみたいなものだということだ。 


その陰には、ヒトの幼体が、生物種としては極端に弱いと言うことがある。 
(他にもパンダやカンガルーもそう) 
仕方ない。だってヒトはみんな(生物的には)未熟児で生まれているのだ。 

頭脳を発達させすぎたため、胎児の頭が母体の骨盤を通らなくなり、外にそのまま出たら死んじゃうような状態(未熟児)で出産するしかなくなった。他の多くの動物のように、生まれ落ちたらすぐ立ち上がって、えさを食べたり母乳を探したりなんて、できない。 

だからヒトという種を存続させるには「幼体保護」の特別プログラムが必要だった。 
・幼体は生命の危険を感じたら、泣いて知らせる 
・成体は幼体を優先的に助ける 

これらを動かすための心の仕組み(=感情)が、 
・幼体→「不快」 
・成体→「カワイイ」 
だったのだ(多分)。 


小さきもの、幼いもの、弱いものを大人が助けるための心のプログラムが「カワイイ」なのだ。 

ではなぜ、今、日本人はなんでもかんでも互いにカワイイを連発するのか 
子ども同士、大人同士、みんなだ。 

それはきっと、「助けて」「守って」という無邪気な叫びなのだろう。 
責任を果たす側でなく、権利だけを主張する側でいたいという願望なのだろう。 
大人である(大人になる)ことの放棄なのだろう。 

「守ってあげたい!」ではなく「守ってもらうっていいよね」という確認の叫びなのだろう。 



ちょっと極論だが、そんなことをふと、思った。 



ちなみに、なぜ女性の寿命が長いのか、についても上記の理由から来る「おばあちゃん仮説」というものがある。これはまた今度。

2010年06月02日

宇宙人は、いるか?

わが銀河系だけでも星(恒星)は2000億個ある。宇宙全体だとそのまた数千万倍。
これだけあるならきっと宇宙人はいるはずだ。
HDF_96-0.JPG
まず問題は、現代物理学の壁である「時空」を超えることが出来るかどうか、だ。
時間旅行や、ヤマトのようにどかんとワープ(空間跳躍)出来るかということだ。
もしこれが技術的に可能だとしよう。
そうすると全宇宙の過去や未来(巾数百億年)のどこかでその技術は必ず開発され、運用される。
結果、その文明はこの宇宙のあらゆる時空のあらゆる種族に関与できることになる。
であれば、既に地球のわれわれになんの接触もないのはおかしい。
理性的に見守っている、という説もあるが、そんな統率が全宇宙的にとれるとは思えない。
つまり、やはり「時空の壁」は超えられないと言うことなのだろう。
そうなると、光のスピードを上限として旅をせねばならないわけだが、それでは恒星間旅行、特に銀河間旅行は難しい。
銀河系は直径10万光年くらいの範囲に2000億個くらいの恒星が集まっている。
恒星間の平均距離は10光年くらいに過ぎない。
(今の人間の技術ではこれを超えるのに何万年も掛かるが)
M63_250jpg.jpg
ところが銀河間は数百万光年は離れているので、光のスピード(これが最速)でも数百万年掛かる。
そんな長期間では、そもそもそれを支える文明が保たない可能性が高い。
(ヒトの文明はまだ1万年、宇宙進出してからだと50年くらい)
ということは事実上、互いに接触可能なのは各銀河の中だけということだ。
そこで、知的生命がどれくらいの確率で出現するのか、が次の問題である。
昔はそこそこ高確率で出現するのではと、思われていたが、ここ最近、結構奇跡に近いのではないかとも思われている。
1. 異常な高酸素濃度大気の存在
2. 非常に適切な太陽との距離
3. 異常に巨大な衛星の存在
4. 木星型惑星が2個だけあること
もちろん、観測技術の発達により、太陽系外の惑星がどんどん見つかっているのも事実である。近くの星なら木星型惑星だけでなく、地球型の小さく重いモノも観測できるようになってきた。
恐るべき技術進歩だ。
とはいえ、上記の「奇跡」が100分の1クラスの偶然だとすると、それだけで1億分の1という係数が掛かることになる。
2000億個の星のうち、惑星を持つものが半分(半分は連星系だから)として1000億個。それに1億分の1を掛けて1000個。
これを銀河系に均等にばらまけば、互いの距離は数千光年くらいだろうか。
つまり、往復1万年掛ければ、お隣とコミュニケーションがとれることになる。
いや、そうではない。
文明の維持期間が大問題なのだ。地球で言えばこれまでの40億年の歴史の中で、接触して意味のある知的生物が存在したのはここ数千年に過ぎない。それが今後どれだけ保つかも分からない。例え今後10万年もの間、今以上の文明を保持できたとしても、40億年から見ればたった4万分の1の期間だ。
つまりガンバってお隣に行っても、お互いの文明の時期がずれていたら、廃墟か原始人にしか会えない、その確率が極めて高いということだ。
下手をすれば、同一時期に、銀河系内には知的生命は一種だけ、ということすらあり得る。そうなると互いの接触は絶望的だ。
そう、問題は距離でなく、時間なのだ。
10万年の文明では短すぎる。
この宇宙で他の知性と出会いたくば、100万年を生き延びろ・・・
宇宙人は必ずいる。私はそう信じている。
でも、それと接触できるかどうかは、また別の問題なのだ。
因みに、1.の奇跡だけ、説明しておこう。
地球上の生命が爆発的に進化をしてきたのは高濃度の酸素に寄るところが大きい。酸素型の代謝は、生命に極めて高効率のエネルギー源を与える。
それを活用して、生命は堅いコラーゲンを作り、骨格を作り、筋肉を作って生存のために戦った。その生存競争こそが、強烈な進化上の淘汰圧となったのだ。生命が作り上げた究極の武器が、酸素とエネルギーを大量消費する、脳という器官だったのだ。
ところが、酸素というのはそもそも猛毒で、対象を全て酸化してしまう。鉄であろうがアルミであろうが、炭素であろうが。だからこそ、大気中に酸素が浮遊していると言うことは実は不思議なことなのだ。
カンブリア紀に入る前、空気中に酸素はほとんど無かった。植物の光合成が活発になり、大気中の酸素濃度が上昇した。空気中の酸素濃度が1%を越える頃(今は21%)、生物はエネルギーを得て、爆発的多様化を進めた。カンブリア爆発という。
他の太陽系外惑星でも、これだけの酸素濃度を達成できただろうか。そうでなければ、生命の進化は極めて穏やかなものとなるだろう。
以上(上記の計算はまったく厳密ではないので念のため)