2009年06月07日

国宝 阿修羅展 最終日(その三)八部衆

第一会場に入り直し、改めて八部衆に対面する。(阿修羅も本来その一つ)

まだ人はそれほどでもない。八部衆を眺める人半分、奥の阿修羅へと急ぐ人半分だ。

今回はもともと全てが来ていたのだが、4月中に戻られたので見られたのは
迦楼羅(かるら)・・・ご存じガルーダ。インド神話での神の乗り物、聖なる鳥
沙羯羅(さから)・・・幼児のようなお顔。でもヘビが頭から肩に巻き付いている
乾闥婆(けんだつば)・・・獅子のかぶり物。音楽神。ほとんど閉じた目を手元に向ける
緊那羅(きんなら)・・・額に第三の目。角有り。
五部浄(ごぶじょう)・・・胸より上のみ。象のかぶり物

なんだかかぶり物をさりげなく着こなしていたり、見ているだけで楽しい。
ただ一様に表情は引き締まり、眉を寄せる具合は阿修羅に通ずる。

今回の発見の一つは、五部浄の黒い顔が、実は元々青だったということ。
見てみたい!
天部を代表する五部浄が、象を被り、顔を青に染め、目も異国の色をたたえる。
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う~っむ。

それにしても各半神たちの甲冑姿のなんとあでやかなことか。
前垂れ一つ見ても、そのカーブは現代最先端のデザインと拮抗する。
なぜ、1300年前にそういう「モダン」が存在したのか・・・

さてさて、第二会場にも回ったが、こちらの四天王像も素晴らしい。
特に持国天と増長天。体の動きが実にダイナミック。

衣装の模様も残り、元来の艶やかさを感じさせる大きな四天王像たちだ。

そろそろ混み始めてきた。
土産物コーナーでT-shirtやお香を購入して、平成館を後にする。

本館にも回ってこちらも1階のみぐるっと一周し、地下でgoods調達。

さて、次の(その四)では・・・上野の森の芸術的爆発状況を!

2009年06月07日

国宝 阿修羅展 最終日(その二)阿修羅・アスラ・非存在

開館時間(本来は930)が近づくにつれ、来館者は門から中に入り、本館の左を通り過ぎ、会場である平成館へと導かれる。

平成館の前で列は左右に蛇行し、ここでまたしばらく待つ。

さて、いよいよ開場。最終日の始まりだ。
昨日は2万7千人余を集めたとか。70日間の会期中の平均が1万人強だから、凄いものだ。

玄関を過ぎ、吹き抜け階段を上り、右が第一会場。
入り口近くには八部衆や十大弟子が展示されている。

でもまずはその奥の阿修羅像へと向かおう。
最初の数名だけの特権を駆使せずしてどうする。

薄暗い特別会場の中央 壇上に阿修羅は置かれていた。
ほのかに輝くその姿は、三面六臂の異形を全く感じさせない完全性を顕わす。

折角なので360°、ぐるっと回ってみる。
本来後ろから見られることを意識せぬはずの仏像だが、これほどとは。
文字通り、さまざまな表情を見せつけ、かつ、一つだ。

でもやはり正面から、ガラス越しでない姿を。

しばらく見つめる。
六本の腕の在り方、が実にフシギだ。
あり得ないほどに細く、でもその故に、肩に納まる。
あり得ないほどに棒状で、でもその故に、超越的だ。

正面で祈り、空間を拡げ、そして天を支える六本の腕。
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阿修羅は本来、仏教外の神だが、その語源は
アスラ=ア・スラ=非・存在
だともいう。インドの最高神、帝釈天と永遠の戦いを続けた阿修羅。

私は『百億の昼と千億の夜』を読んで以来の大ファンである。
萩尾望都さんのマンガで読み、そして光瀬龍さんの原作を読んだ。衝撃だった・・・
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人が増えてきた。
早めに切り上げて、阿修羅とは、別れを告げる。また、興福寺で。

次は、改めて八部衆だ。
続きは(その三)へ

2009年06月07日

国宝 阿修羅展 最終日(その一)

今日が最終日。

朝5時50分に家を出て、バイクで上野へ。

ガラガラの道をとばして30分で到着。

駐車場も上手く見つけて駅前公園口に駐める。

ラジオ体操に励む皆さん(数百名)を横目に上野公園を横断し、6時25分には東京国立博物館の正面に。

我々は7人目。
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それから2時間。我らの後ろには既に700人。
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職員の方々が手際よく来館者を捌き、列を伸ばしていく。列を待つ間使うためだけのための日傘も、百本以上が用意されている。
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開館まであと1時間。かな

何人並ぶか楽しみだ
(-_-)

いやまあそれより、ガラス越しでない阿修羅像、八部衆像、本当に楽しみ。
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だんだん盛り上がってきた。
現在、8時30分。

その二)では、いよいよ阿修羅と久々の再会!

2009年06月06日

ウズベキスタン戦に思うこと

テレビでは、サッカー中継だけでなく、ちょっとで良いから街の様子とか、人々の暮らしとかもレポートして欲しかったなあ。

そうすれば単なる敵国でなく、同じ夢を目指すライバル、と見られただろう。

そんなことをこれから一年間やろうとしている人たちがいる。

30代の独身男子2名、名付けて「世界一蹴の旅」である。

会場では、こんなものを掲げて受けを取っていた。

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来年の南アフリカでのワールドカップ開催まで、数十ヶ国を旅して回るという超絶企画だ。

一人はもと同じ会社でもある。

確か、4年前もやっていたと思う。

3年働き、1年世界一蹴。

健康に気をつけて頑張って欲しい~~~

2009年06月04日

『正しく決める力』初版の誤字修正

今のところ、初版において次の2カ所が判明している。

・P66:(誤)PC-8001向け→(正)PC-8801向け

・P144:(誤)たこてる→(正)たごあきら

特に後者は、なぜこうなったのか全くの謎である。原稿ではもちろん(正)の通りなのだが・・・
多湖輝さん、すみません。

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知人より追加指摘あり・・・

・P28:旭山市外からの→旭川市外からの

まだまだあるかぁ

2009年06月04日

6~7月の活動予定

現時点で決まっている講演・授業等の予定は以下の通り。
・6/10 The21発売(記事あり)
・6/20 東京明新会総会での記念講演
・6/24 田園調布雙葉高校 3年情報論 第3回「発想力」
・6/24 Good Find(スローガン)で大学生向け講義
・6/27 KIT虎ノ門大学院 説明会
・7/11 SMBCコンサルティング「新・発想法トレーニング
・7/25 COBSセミナー@KIT虎ノ門大学院

忙しいような、そうでもないような。
5月の山は、とりあえず乗り切った感じ。これからは、秋に向けての仕込みの時期。

2009年06月02日

ホルモーとオーデュボン

長女の薦めにより、「鴨川ホルモー」を読んだ。

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面白かった。

京都に住んだことがあるわけではないが、町は好きで何度も訪れている。

先日も、鴨川沿いの町家に泊まったばかり。

夜中、先斗町を抜け、三条辺りまで歩いた。

河原には無数の若者がたむろっていた。

歌う人、踊る人、火を噴く人、さまざまであった。

そんな京都の雰囲気を味合わせてくれる一品だ。

早速続編も買った。

本屋で見かけて「オーデュボンの祈り」も買った。

これまた秀作だった。

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かかしと青年と桜と鳥の、物語。
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伊坂幸太郎、恐るべし。

東野圭吾の新作、「パラドックス13」も買ったが、未読。

2009年05月30日

21.5+21.5=?

もちろん、21.5+21.5=43ではない。

21.5インチのワイドディスプレイを2台横に並べてみた。

画角としては、41インチくらいか?

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これまでが17インチ2台なので、高さは同じで横に1.4倍くらい伸びた感じ。

右端から左端まで距離があるのでどうかなとおもったが、一瞬で慣れた。
HDCP対応なのでこれで地デジも見られる。

 
これに、USBのバスパワーで駆動できるディスプレイもつけるつもりだったが流石に要らないかな。

と思ったが、買っちゃったのでやっぱりつけてみる。
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8インチだが800x600なので結構な情報が表示できる。

音楽用か、メール用か、メッセンジャー用か。

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便利だと思う。

やはり、画面が大きいと作業がしやすい。

ホルダーの表示にせよ一覧性が高く、探したり動かしたりせずに済む。

I/Oデータの、LCD-MF221XBRと

CenturyのLCD-800

それにしても1920x1080の21.5インチが18480円とは、安くなったものだ・・・

Amazonにて購入。

2009年05月28日

幼年期の終わり:5/24/09 Mindsetにて

「幼年期の終り」とは、もちろんSF界の巨匠、アーサー・C・クラークの代表作だ。
訳本が何種類か出ているのだが、実は私が子どもの頃読んだのは、
「地球幼年期の終わり」創元推理文庫(1969)だった。
そう、それは人類の進化に関する、壮大で悲しい物語。

さて、今回Mindsetでの授業、前半は「決める力:サバイバル」のワークショップだった。
そして後半、なんと自分物語を中学生たち(と後ろにいる大学生たち)に語ることになった。
MONOGATAL、と言うらしい。

ここからは、MindsetのHPから抜粋、加筆してお届けしよう。

話したテーマは、「幼年期の終わり:大人になった瞬間」

まずは、中学1年のある朝のこと・・・

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「落ち着きのないままじゃモテない!これからは、まずは道をまっすぐ歩くようにしよう」
そう勝手にルールを決めて、歩道の線に沿ってまっすぐ歩くようにした。口も、ぐっと閉じていよう、と。
はじめは結構大変だったけど、おかげで良い歩き方になった、と思う。

そこで気付いたのは、”習慣は第二の天性”ということ。

やると決めて、続けていくことで、それは必ず身につく。続けることで、生まれつき出来るようなものになる。
自分の性格すら、変えられる。

次の「瞬間」は高校時代に親友Yと、昼食をめぐって話しているとき、訪れた。

私の「何食べる?」に、彼は「何でも良い」と一言。
ちょっとむっとした私は「何でも良いじゃ困る。なんか意見言えよ」と詰め寄る。
でも彼は平然と
「いや、本当に何でも良いんだ」
「俺は、拘るところとそうじゃないところを決めている」
「食事は、拘らない」「だから、いいんだ」

衝撃だった。
なんでも一律に考えていた自分に気がつき、彼の「分離思考」と「行動」に驚かされた。

それから、自分でも気をつけるようになった。
特に練習したのは、「思考と悩みの分離」

約束に遅れそうなとき、焦って悩んで悲しくなったりする。
最短経路を考え、行動するときに、そういう感情は、ムダだ。
冷静に考え、行動し、しかるのち、ヒマがあったら反省すればいい。

感情を、うまく分離すること。これも、訓練でつく第二の天性、だと思う。

そして最後が「ゴミの話」

高校生のある日、家の廊下にゴミが落ちていた。

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普段だったら放っておくゴミ。でもフト、思った。
…このゴミは、誰が片付ける?

放っておけば、誰かがやるかもしれない。たぶん親だろう。
けど、今自分がこれを片付ければ、親の仕事は減る…。
じゃあ、やろう。と自然に思えた。

それが、私が大人になった本当の瞬間。

「言われたからやるんじゃない。やらされてるからやるんじゃない。自分からやる」

“やらされてること”が多いうちはまだまだ子ども。
大人になるということは、それを減らしていくこと。
そういう瞬間が君たちにもいつかくると思う。楽しみに待っていて!

2009年05月27日

田園調布雙葉 高3 情報システム論 第2回「ほめる」

5/20に阪大で始まった夢の8連戦。今日はその最終日。

九品仏で見学者と待ち合わせて、1030定刻にデンフタ入り。
高3の選択科目、情報システム論の授業だ。

生徒さんは24名。今日は新ネタ「ほめる」!
iPodをほめ、ヒトをほめよう。

手順としては
・iPodをただほめる
・2人で組んで、相手のiPodを自分のと比較して、特定スペックにおいてほめる
・相手にインタビューして、どのスペックが大事か確かめて、そこをほめる
そして
・相手の性格を、相手のダイジなことから自分と比較してほめる
・4人で組んで共通価値観を作り、一人選んでそのヒトをみなでほめる(全6チーム発表)

自分の勝手でなく、相手の視点でほめることの練習だ。
もう一つ、定量的に、もしくは具体的にほめること。

チームによっては、最後のプレゼンテーションも、かなり具体的に、かつ説得力持ってほめちぎっていた。
最優秀チームには「ハーレーせんべい」
ベストほめられたヒトには「ハーレー子ブタ(黒)」
ベストプレゼンターには「ハーレー子ブタ(オレンジ)」

Feedbackでは、
・ほめるがこんなに難しいとは
・誉められて気持ちよかった
・誉めて気持ちよかった
など。
これからも、相手のダイジなことから考えて、うまく誉めてね。大学も、自分も。

それが入試や面接での「意味ある主張」に繋がるから。