日経新聞の考えるデザイン経営
日経朝刊1面の左下には「春秋」というコラムがある。朝日新聞の「天声人語」と同じく社説の一種だが、短く(550文字)時事ネタ中心の随筆だ。筆者(記者で論説委員)のひとりによれば「社説のファミリーで批評精神が命。大上段に振りかぶらず、読者の目を引きやすい導入で、イキのいいネタを手早く」だそうである。(『「春秋」うちあけ話』より)
普段は読まないのだけれど、2022/03/09版での導入文が目に留まった。
—「デザイン経営」という言葉を、最近しばしば耳にする。
筆者は続ける。
—特許庁のホームページによれば「デザインの力をブランドの構築やイノベーションの創出に活用する経営手法」。(A)
なんで特許庁を持ち出したのかは意味不明だったが、きっとGoogle検索をするとトップに表示されるからであろう。そして次の1文が衝撃だった。
—かみくだいて言えば、おしゃれな感覚でモノやサービスや新しい事業を生み出すこと-だろう。
え!? なんだそれ? この人、デザイン・シンキングとかも知らないの? 日経の論説委員なんだよね!?
筆者はその勢いのままマイナンバーカード論に突入する。①マイナンバーカードは(カードのデザインが)イケテない、②そのビニールケースもダサい、③普及のためのポイント付与施策もおしゃれじゃない。
そして筆者はそのマイナンバーカード論をこう締めくくっていた。
—いまからでもデザイン経営に取り組んでほしい。いやその前に、経営という意識を持ってほしい。
いやいや、この3点(①②③)をクリアしたら、マイナンバーカード施策はデザイン経営的なの? そもそもそんな枝葉末節が経営なの?
きっと筆者はデザイン経営の「デザイン」を、「見た目」や「造形」と捉えているのだろう。でも違うでしょ。たとえば「家」のデザインはその外見でなく「間取り」とか「構造」が命。それをつくり上げるために、そこに住むヒトたちのニーズや想いを「発見」することから始めて、さまざまな「アイデア」をひねり出すんでしょ。それが家のデザイン。
それはビジネスの経営でも同じ。おしゃれな外見を施すことでもなんでもなく、関わるヒトたちに価値を提供するための仕組みや構造を、観察・発見し、考え抜いて、試行錯誤的に実現していくこと。それがデザイン経営なのだ。
こんなことは私がわざわざ言わずとも、春秋の筆者が冒頭に引用した特許庁定義(A)の直後に書いてある。「その本質は、人(ユーザー)を中心に考えることで、根本的な課題を発見し、これまでの発想にとらわれない、それでいて実現可能な解決策を、柔軟に反復・改善を繰り返しながら生み出すことです」と。
その通りだ。「おしゃれ」につながる意味などカケラもない。筆者はこれを読まなかったのだろうか? 読んでいたのに敢えて「おしゃれな感覚で新しい事業を生み出すこと」とかみくだいて見せたのだろうか。われわれ日経新聞の読者に対して。
そんなことを思いながら新聞をパラパラめくっていたら、33面の「大学」面に多摩美術大学の記事が大きく載っていた。「デザイン経営の人材育成」と。
怖々読み始めたが、ちゃんと書いてあった。デザイン人材とは「自ら働きかけて環境をつくり出せる人材」だ、「世の中をよくするためにデザインはある」のだと。
春秋の筆者も、ちゃんと日経新聞を読んで勉強しましょう~。そしてちゃんと誰か突っ込もうよ。こんな(同じ日の新聞紙面内でも整合しない)文章を、1面に載せちゃダメだよ。