電車の女王
土曜の朝、田園都市線に乗った。
虎ノ門へ向かうための10時頃の各駅停車だ。
数メートル先に、お化粧をしている女性の姿が見えた。
あら、土曜と言うに珍しい。
「今日は寝坊したの!」
という感じではなく、ヒザに載せている化粧ポーチといい、手鏡の動かし方といい、堂に入ったもので、毎週もしくは毎日の日課と見た。
おっと、ビューラーに続いて、マスカラの登場。
みるみる、遠目にもわかるくらい、まつげが巨大化していく。
電車は結構混んでいて、席は全て埋まっている。
立っている人も、多い。
桜新町で彼女の隣が空いた。でも誰も座らない。
あれれ。
化粧を完成させた彼女は、頭のゴムを外して髪型を整える。
念入りに、念入りに。
しばらくしてまた鏡を取り出して、厳しい目で再チェック・・・。
自分に見惚れていただけかもしれない。
そうしたら三軒茶屋で逆の隣が空いた。でもやっぱり誰も座らない。
あれれ。
3人掛けのイスの真ん中に、堂々と座る彼女はもちろんいささかも動ずることなく、マスクを取り出し装着する。
当然、鏡を出して再チェック・・・。
そして渋谷で降りて立ち去った。
彼女は両隣だけが空いていたことをどう感じていたのだろう。
それだけが、いささか気になった、朝の出来事であった。
いや、きっと、気付いてなど、いなかったのだろう。うん。