第59号 新しいハカり方への挑戦1:ハッブル宇宙望遠鏡
これから数回「新しいハカり方※1」の話をしよう。
ヒトは、仮説を証明するために、新しいハカり方を生み出す。しかし、新しいハカり方の真の価値はその仮説以外の答や問いを示してくれることにある。
予期せぬ発見こそが、われわれの常識を打ち破り、科学やビジネスを、大きく進化させるのだ。
「ハカる」の第1回目は、宇宙の話だ。
エドウィン・ハッブルの夢
エドウィン・ハッブルをご存じだろうか。今はその名を冠した「ハッブル宇宙望遠鏡」の方が有名かもしれない。
彼は近代を代表する天文学者の一人で、初めて銀河系外の銀河の存在を明らかにし、それらをグループ分け※2し、そして遠くの銀河がいずれもわれわれから遠ざかっていることを見つけ出した。
個別の銀河でみれば、いろいろな動きがある。
例えば銀河系のお隣であるアンドロメダ銀河は、秒速300kmでこちらに近づいて来ている。30億年後には、ぶつかって一つになるとの推定もある。
ただ、それらは近所の細事。大きく見れば、近所の銀河は少しだけ、遠くの銀河はかなり、そして非常に遠くの銀河※3は光速並みの速度で遠ざかっているのだ。どちらの方向を向いてもそう。
つまり、宇宙は膨張しているということだ。
ハッブルはその事実を「セファイド変光星」という特殊なタイプの星をマーカーにすることで見つけ出した。それは遠くの銀河との距離をハカる、画期的な方法だった。
ただ、変光星の分類と観測精度が十分では無く、結論として出した膨張スピードが速すぎたため、彼自身、自分の結論を信じることが出来なかった。
晩年彼は、天文学を宇宙物理学としてとらえようという運動を行った。
1953年9月、彼は心不全で亡くなったが、それはノーベル財団がそれまでの方針を変え、天文学者も物理学賞の対象とすることにし、彼を最初の受賞者と決めた直後※4のことだった。
ハッブル宇宙望遠鏡の成果
その37年後、NASAが打ち上げたハッブル宇宙望遠鏡(HST:Hubble Space Telescope)は、「全く新しいハカり方」であった。
高度560kmに浮かぶ11トンの円筒であるこの人類唯一の宇宙望遠鏡は、大気のゆらぎやチリの影響を受けず昼夜、超高精度 の観測を可能にした。地上なら邪魔になる満月の輝きも、関係ない。
だから地球上ではハカれないものが、ハカれる。
高解像度(細かい構造がわかる)と、空気の邪魔の少なさ・環境変化の無さがウリなので、数日間にわたる観測で変化を見ることや、近所(といっても数十万光年)の様子を詳細に探ることや、逆にものすごい遠くの銀河集団を見分けることなどが得意だ。
土星の両極に浮かぶ紫外線オーロラ※5も太陽系外の惑星も、はっきりとその目にとらえた。われらが銀河の中心にあるという超巨大ブラックホール(太陽300万個分!)の観測も進めた。
歴史的ヘマをどう乗り越えたのか
しかし、その誕生は失望と戸惑いに満ちたものだった。
スペースシャトルに載せられて宇宙に運ばれたHST。ファーストライト(最初の観測データ)を見た天文学者やNASA職員たちは、悲鳴を上げた。
「ピンぼけだ!」
製造上のつまらないミスが、主鏡(直径2.4メートル)と副鏡を歪ませていた。設計よりわずか0.002mm(工作機械の加工精度限界程度)、平たすぎた。ハードウェア面での致命的ミスだ。宇宙で削り治すことなど、出来ない。
この歪みのため、得られた解像度は設計のわずか2%、1/50に過ぎなかった。
これでは、ダメ。地上の望遠鏡よりはましだが、16年間1000億円かけて作った価値がない。
修理(交換)するにも数百億円かかる。しかも早くて3年後・・・。3年間もピンぼけ写真を見続けるのか。
ところがNASAは、3ヶ月後に一枚の写真を公開する。今までにない高精度の土星の写真だった。
歪みの少ない、レンズの中心から15%分の光だけを処理して、ピンぼけを解消するためのソフトウェアを、作り上げたのだ。これによって解像度は設計の58%にまで回復し、相応の活躍が出来るようになった。
その後6回に渡って、NASAはHSTに大規模な補修を施し、設計性能の100%発揮と、2014年までの延命を果たした。
ハードの限界をソフトが打ち破る時代の、象徴的出来事だったのかもしれない。
※1 ハカる=測る、量る、計る
※2 「ハッブル分類」と呼ばれ今も使われている
※3 最遠は131億光年先の天体。ほとんど光の速度で遠ざかる
※4 受賞の通知前に亡くなったので、受賞はしていない。享年63。死後、ノーベル財団から奥さんに、受賞が決定していたことが伝えられた
※5 土星のオーロラを初めて発見したのはパイオニア11号。紫外線なので大気が吸収してしまい、地上からは見えない