第45号 発見物語(1)発見は周縁から
本当のルーツは『周縁』で生まれた
1997年「ワディ・エル・ホル碑文」の発見が、世界に報告された。
これこそが、象形文字(ヒエログリフ)と原シナイ文字を繋ぐもの、つまりアルファベットの本当のルーツではないかと。
象形文字(ヒエログリフ)の特徴を持ちながら、古代エジプト語読みが出来ず、原シナイ文字的な読み方が当てはまる、シンプルな表音文字の発見だ。
この紀元前2000年の碑文が見つかった場所は、当時のエジプト王国の首都テーベ(Thebes)から北西35kmの場所。砂漠の真ん中だ。
碑文の解読結果から、そこには、街道を警護するエジプト軍の前哨基地があったことが分かっている。
かつ、そこを治めていたのは、アジア人の将軍「ベビ」だったと。
こういった「外国人」が、エジプト軍には多く居たらしい。
発見者のダーネル博士は考える。
彼ら外人部隊こそが、この「ワディ・エル・ホル碑文」の文字を作り出したのではないか。エジプト軍に所属しながら、エジプトの文字(ヒエログリフ)に精通しない者たち。その異邦人たちが自らの名前を記すには、象形文字(ヒエログリフ)のアルファベット部分のみを使う必要があった。そうするうちに、表音文字による、独自の文字システムを生み出していった・・・、と。
アルファベットは、象形文字(ヒエログリフ)から生まれた。しかし、その正当な継承者では全くない。
象形文字では不便だった者(異邦人)たちが、必要に迫られて生み出したモノ、それがアルファベットだったのだ。
新しい仕組みは、中心地では生まれない。
便利な既存の仕組みに安住する者に、その変革へのニーズなど生まれない。革命を志す者は、常に辺境や周縁から生まれてくる。
誰も知らない答えが、そこにある
ダーネル博士は言う。
「まさか(ワディ・エル・ホルで)アルファベットの碑文がみつかるなんて、当時は考えてもいませんでした」
アルファベットはもっともっと東のシナイ半島で発達したもの、という言語学者の常識の中に彼は囚われていた。
「ナイル川の西側でアルファベットをみつけるなんて考えたこともありませんでした」
ダーネル博士は、もっと「周縁」を探せと、説く。
「時代も場所も、これまでに知られている文化の中心から遠い周縁部に注目してほしいと思います。そこにたくさんの答えがかくされているからです」
ほとんどの学者は、遺跡の多くある都市部を探す、記録の多くある時代を探す、大事件のあったイベントにのみ惹き付けられる。
そして、そういった都市部の遺跡や記録に手掛かりがなければ、「その時代には何も起きなかった」と思い込む。
しかし、アルファベットの原型は、エジプト人が支配し象形文字(ヒエログリフ)を使いこなしていた古代エジプトの都市部でなく、周縁部において生まれた。
だから、都市の遺跡を幾ら探しても、「答え」は見つからなかったのだ。
「今回の発見のように、周縁地域をさがせば、まだ誰も知らない”答え”が、そこにあるのだと思います」
新しい答えは、周縁で生まれる。
誰も知らない答えは、周縁で見つかる。
注:結局、文字の繋がりは、象形文字(ヒエログリフ)→ワディ・エル・ホル碑文の文字→原シナイ文字→フェニキア文字→ギリシア文字→ラテン文字→現代アルファベット
参考
- Newton 2008年5月号
初出:CAREERINQ. 2008/10/15