第45号 発見物語(1)発見は周縁から
アルファベットとは
たった26文字でヒトの世を表すシステム、それがアルファベットだ。
一文字一文字は、子音か母音の一音に対応するのみで、音節すら表現しない。
日本語を表記するには、音節文字(子音と母音のセット)であるひらがなやカタカナ100文字弱だけでなく、表語文字(意味と音を持つ)である漢字を組み合わせなくてはならない。
その数、数千。文字を覚えるだけで一苦労だ。
ヨーロッパ各国のアルファベットの基本はラテン文字。その26文字をそのまま踏襲したのが、イギリス・アルファベット。
他国は自言語の発音に合わせて多少、バラエティを持っている。ドイツ・アルファベットなら30文字、フランス・アルファベットなら40文字、といった具合。
それでも、たったそれだけで全てを記述できる便利さは強力である。漢字言語圏であろうが、アラビア言語圏であろうが、フランス言語圏であろうが、世界中、メールアドレスはABCの基本アルファベットを使う。 その最強文字、アルファベットのルーツは一体どこにあるのだろうか。
ラテン文字(紀元前6世紀~)が、ギリシア文字(紀元前8世紀~)に由来することは分かっている。これは、アルファベットという名称そのものからも分かる。
ギリシア文字の最初の2文字はα(アルファ)とβ(ベータ)。だから、ABC・・・のことをアルファベット(=アルファ・ベータ)と呼ぶのだ。
更に、そのギリシア文字が、フェニキア人によるフェニキア文字(紀元前11世紀~)に起源を持つことも、分かっている。
(注:このフェニキア文字には母音が無く、子音を表す文字しかない。ここから、別系統で生まれたのが今のアラビア文字(7世紀~)だ)
フェニキア人は海の商人。ギリシア人と同時代、今から3000年昔の地中海を縦横無尽に活動していた。
その活動の本拠地は、地中海の東の端、ティルス。今のパレスチナ地方だ。
ではこのフェニキア文字が、アルファベットの最初の源流なのだろうか。フェニキア文字の元になったモノは、もう無いのか。
3000年前の世界を眺め渡してみると、いくつかの候補が浮かび上がる。
まずは、楔形(くさびがた)文字。
ティルスの東には楔形文字を発達させたメソポタミアが控える。
また、すぐ西には原シナイ文字を持つシナイ半島、さらに西には象形文字(ヒエログリフ)を持つエジプト王国が隆盛を誇っていた。
アルファベットのルーツは象形文字
フェニキア文字はおそらく原シナイ文字に由来し、その原シナイ文字は、実は、象形文字(ヒエログリフ)に由来するのではないかと考えられている。
紀元前32世紀から、既に2000年にわたってエジプト王国を支えてきた文字、象形文字。
それは複雑なカタチと構造を有し、シンプルの境地であるアルファベットとは似ても似つかない。でも、ここから確かに、アルファベットが生まれ出たのだ。
象形文字(ヒエログリフ)は、少ない時期でも700文字、多いときには6000を超える文字を有していた。
ただこれは、表音文字であるアルファベットとしては如何にも多すぎる。しかしながら、700文字は、漢字のような表語文字としては少なすぎる。それでは、十分な意味を表しきれない。
象形文字(ヒエログリフ)は、その中途半端さ故に多くの学者の解読への挑戦を1300年の間、撥ね付けてきた。
そして1799年、ロゼッタ村でロゼッタストーンが発見され、その解読熱はピークに達した。
20年後の1822年、言語学者ジャン・シャンポリオンは、遂にその解読に成功する。誰にも読めなかった古代エジプト象形文字、ヒエログリフの複雑なシステムを解明したのだ。(因みに当時、彼は失業中であったという)
分かったことは、象形文字(ヒエログリフ)が表音文字(アルファベット部分)と表語文字の混成であったということ。
そして、それらが日本語のように複雑な構造を持っていたということだ。
例えば表音文字と言っても、基本アルファベットのように1音1文字でなく、2~3音を表す文字もあれば、表語文字の発音をそのまま借りて、音を表す場合もある、といった具合。
この表音文字部分「だけ」が発達して、その後の原シナイ文字に繋がったわけだが、なぜ、そんなことが起きたのだろうか。
なぜ、覚えてしまえば便利な、表意文字主体の象形文字から離れる必要があったのだろう。