第40号 エレベーターの罠
深夜、自宅マンションのエレベーターにて
もう10数年も前のこと。マンションの2階に住んでいた私は、深夜帰宅しエレベーターに乗った。
いつもは、使わない。
たった1階分、階段を駆け上がるのを惜しむのは、ちょっと疲れて深夜に帰宅したときだけだ。その日もそう。
エレベーターホールで△ボタンを押した瞬間「ああ、ちょっと疲れてるんだな」と、自分の疲れを自覚させられて、少しだけ気分が悪かった。一瞬迷ったけれど、エレベーターがすぐに来たので乗った。
10秒も経たず2階に着く。
・・・でもドアが、開かない。
暫く待つ、が開かない。ちょっと揺らしたりしてみる、が開かない。
仕方ないなぁ、とエレベーター内の非常ボタンを押す。呼び出し音が聞こえる。マイクらしき場所に向けて話しかける。「もしもーし」
何の応答もない。しかも携帯電話も持っていない。
ここで流石に「ヤバイ」と感じ始める。ちょっと触ってみるがドアは動かない。幸いドアはガラス窓付きで、外が見える。でも深夜で誰も前を通りかからない・・・。大声を出せばお隣さんたちが、気が付くかも知れないなぁ。
結局、通りかかる人を待つことにする。最悪は、朝までだ。
30分後に男性が一人通りかかる。私はドアを叩いてその人に呼びかける。「ドアが開かない。204号室を呼んで下さい」
慌てて出てきた家人にエレベーター会社(OTIS)に電話して貰う。番号はエレベーター内に書いてあった。0120-・・・・。
数分後、家人が戻ってきて曰く。
「ドアを強く引いたら開きますよ、ってさ」
その通り、エイッて強く引っ張ったらドアはノロノロ素直に開いてくれた・・・。あーあ。
それにしても、非常ボタンに誰も反応しないってのはマズイよねえ。
金曜夜、超高層ビルのエレベーターにて
次は1999年に、ビジネス・ウィーク誌で働く34歳の男性に起こった悲劇。
彼のオフィスは43階。同僚と共に深夜残業を敢行していた彼は、11時過ぎ、タバコを吸いに1階へ降りた。
数分後、一服から戻ってまたエレベーターに。
このエレベーターは30階まではノンストップ。のはずだったが、彼一人を乗せたまま、敢えなく13階付近で停止してしまった。
彼が救助されるまでの一部始終は、監視カメラのビデオに全て残っている。
最初の1時間。彼はインターホンや非常ボタンを押して外部に連絡を試みるが返答無し。ドアを開けてみる(エライ!)が、その向こうは壁。よじ登って天井の非常口を開けようとするが、カギが掛かっていて開かず。・・・映画とは違った。ドアをバンバン叩いて呼びかけるが、これも返答無し。
ここでちょっと一休み。意を決して(禁煙のエレベーター内で)タバコを吸ったりもする。次の1時間も同様。いろいろ試みるが、もう手詰まり。
待つしかないか、で、彼は狭いエレベーターの床に座ったり寝転んだり。それでまた数時間が過ぎる。
この間のことは全て、ビル管理室のモニターに映し出されていた。4分割画面の右上に彼の苦闘と諦念とが映っていた。
でも、誰も気が付かなかった。8名いた管理員の誰一人として。
時計も携帯電話も持っていなかった彼は、段々と時間の感覚を失う。
何時間経ったのだろう? 一体なぜ、誰も助けに来ないのだろう。もう朝になったはずだが、このエレベーターが動かないことを、なぜ誰もおかしいと思わないのだろう。外界に何かが途轍も無いことが起きたのだろうか。
エレベーターの中には昼も夜もなく、音もなく動くものもない。食べ物も水もなく、このままでは確実に脱水症状に陥るだろう。
閉じ込められてから24時間、彼は遂に「死」を意識し始める。
その究極の状況の中でしかし、彼は更に丸一日を過ごすことになる。
ビル管理会社がエレベーターの故障に気が付き、彼が助け出されたのは、結局、日曜の夕方。なんと41時間が経っていた。