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第17号 家造りに学ぶ(前編)

それは母の一言から始まった

2002年正月、私はいつも通り(高校卒業して上京以来20年毎年)田舎に帰省し、のんびりとお節をつついていた。夕方、食事を終えた頃、母がちょっと改まって曰く、

「家を建てたいのだけれど・・・」


実家は小さな八百屋さんで、作りは店舗兼住宅。1階店舗の改装と子どもたちの成長に合わせて、住居部分は歪になり、2階へと拡大していた。

高齢の祖母が急な階段の先の2階で寝起きし、1階玄関を開けるとキッチンが丸見え、両親の寝室は一家団欒の居間でもありトイレへの通路でもある、という状態が20数年続いていた。


それにしても、母さん、なんで70才を目前にした今頃になって?

聞いてみれば、理由は単純。

「今までずっと我慢してきた。残りの人生・生活を『普通の家』で過ごしたい。家自体に特に細かい要望はない。任せる」。

分かりました。あなたのその積年の恨みを晴らすために、私が何とかいたしましょう。


祖母、両親が住み、私たち子供や孫が帰省し、親類縁者が集うための家造りがこうして始まった。

それから完成までの15ヶ月間、個人として膨大な時間(とお金)を投じて、学んだことは限りない。流石、人生最大のお買い物だけのことはある。

その学びの内、前編として今回は家造りユーザー(施主)としてのものを、次回後編に住宅業界自体へのものを取り上げたい。

鬼ごっこの出来る家

コンサルタントという職業柄、情報の収集・分析、報告書や資料の作成はお手の物である。

当初から、全ての検討内容を一元的に記録・表現するためのファイル(Power Point)を作った。


安心して1階に住める家

奥行きと光のある家

そして、鬼ごっこの出来る家


これがそのファイル「Project 福井の家」の表紙を飾る言葉だ。今回の家造りの基本コンセプトと言えるものだ。

そう、家造りには、まず、目指すべき姿のコンセプトが必要だ。


家造りは「経営改革プロジェクト」にとてもよく似ている。企画から設計・構築・運用という流れとやるべき作業や考え方は、どの段階においても類似性が極めて高い。

そして個々の難易度は高く、よい家造りのためには、よいプロジェクト運営スキルが必須となる。

その第一が「コンセプト作り」だ。


そもそも経営改革プロジェクトは何故「難しい」のだろうか。一言で言えばそれは「自由度が高すぎるから」だ。

もし「経営」改革でなく、「営業」改革であれば、その他の機能や要素(商品や生産や人材や資金・・・)は与件となる。つまり多くの強い制限や制約の中で、改革を考えることになる。

これは不自由ではあるが、故に実は簡単だ。目指しうる将来の姿が、今のそれと大差ないからだ。

「経営改革」となるとそうは言えない。全てが与件ではなく変数であり、目指しうる将来の姿は多種多様、大きくジャンプしたものとなる。しかしこれを1つに決めなくては改革は決して実現され得ない。


家も同じだ。住宅というモノは変数が多く、かつその巾が非常に広い。

実際どんな形にも出来るし、どんな色や素材でもよい。間取りや設備の種類も数え上げればきりがない。

家一軒の部品点数は約10万点。自動車が約3万点だから、消費財の中では圧倒的な複雑さ、自由度を誇る。これを超えるものは、工場プラント等複合的なものを除いて単体では、航空機やスペースシャトルくらいしかない。


どういう家を造るのか。一消費者が生涯かつて直面したことの無いような圧倒的自由度の中で、その方向性はどう決めうるのだろうか。

コンセプト作りは「想像力」が勝負

たいていの場合、家造りのコンセプトは「間取り図(プラン)」と「外見図(パース)」に具現化される。

手順としては、施主と営業・設計士の打合せ、設計士からの提案、となるわけだが、その途中で基本コンセプトが練り込まれていく。元ネタとなるのは施主達から聞き出した「今の不満」「新居への期待」「新居での生活イメージ」などだ。

私は、自身でまずこういったことを吟味し、コンセプトを作ったわけだが大変なのは「想像力」だ。


まだ見ぬ新居で、一体どんな生活をしていたいのだろうか。誰のどんな望みを叶え、諦めるべきなのだろうか。それらに対して皆がどう感じ行動するのだろうか。

私が重視したStake Holders(ステークホルダー)は4群。まずは両親と祖母、次に母のみ、子どもたち、そして自分自身。

(1)両親たちには老後を快適に過ごして欲しい。但し、要求レベルは高くないので、安心、快適、バリアフリーを基本に。


(2)自分自身のためには、とにかく格好いい家であること。明るくて斬新なものであること。他にどこにもない、ただ一つのものであること。


(3)頭を絞ったのが、子供たちのこと。子供たちには帰省のモチベーションをもって欲しい。彼女たちにとっては、生家でもなく父親の実家に過ぎない。今は実家が八百屋を営んでいてそれ自体が物珍しく「帰省」も楽しい。でも八百屋がなくなっても田舎に行きたくなるような、そんな家にしたい。

では一体、どんな家にすれば、都会では得られない楽しみを得られるのだろう・・・

辿り着いた答えが、鬼ごっこ、だ。あと10年、皆で騒げる第一の遊び。それが存分にできる家。


(4)そして最後が、母。もともと母のためとも言えるこの家造り。どうせなら彼女にとって最高のモノにしようじゃないか。

そしてそれはキッチンからの眺めとして造り上げよう。彼女がこれからもっとも時間を費やす場所に、最高の視界と風景と集いを提供する。

それが隠されたもう一つのコンセプト。

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