第52号 「ソクラテスの人事」の使い方
発想力問題での「学び」方:悩むだけじゃ、ダメ
09年4月から始まったNHK総合の「ソクラテスの人事」
15回の放送予定だが、毎回番組の最後に『今週の問題』が出題される。出題者は3人。英国、米国、日本からの出題だ。『水平思考』『ウミガメのスープ』で有名なポール・スローンさん、キャリア、著名人事コンサルタントのジョン・ケイドーさん、そして私が毎回それぞれ知恵を絞って発想系の問題を出す。
初回から3回おきに『今週の問題』を出している。初回(4/2)が『コップはなぜ円柱で、しかも下がすぼまっているか?』、第4回(4/30)が『このグラフは何のグラフ?』だった。
みなさん、ちゃんと自分自身で考えられただろうか。
この手の問題は、解答だけ見て納得しても全く意味がない。自分で悩まないと雑学が一つ、増えるだけだ。
かといって、自分で悩んだらそれで良いかというとそうでもない。確かに、悩むことによって脳は活性化し、答えを知る「Aha体験」によって更にそれは促進されるのだろう。
でもそれだけでは、勿体ない。一つの貴重な問いと答えを、もっともっと使い倒すべきだ。一つの難問が解けたら、次の類題で同じ誤りをしないこと。一つのアイデアを見たら、その本質を見いだして同様の状況に対応できるようにすること。iPodのデザインが素晴らしいと思うなら、それを分析し、パターン化すること。スゴイで終わらせずにその本質に迫ること。
これは、問題と答えを抽象化・普遍化するということでもある。
「コップ問題」を普遍化すると・・・
例えば「コップ問題」でそれを見てみよう。
問いは2つに分かれている。A.「コップはなぜ円柱か」とB.「なぜ下がすぼまっているか」だ。
A.の答えは「球体や直方体といった他のカタチより、円柱が使いやすく、作りやすいから」だとしよう。
この「答え」に納得して終わってはいけない。反論するのも後だ。
まずはこの答えに潜む本質を見抜くこと。
ここには「ステークホルダー(利害関係者)」と「有用性」「コスト」といった軸(大事な視点)が隠れている。
ステークホルダーの軸とは、関係するさまざまなヒトたちの立場になって考えよう、ということだ。使うヒトにとってどうかはもちろん、それだけでなく、作るヒトにとってどうか、がこの答えにはある。
そこから更に考えていけば、答えにはない、洗うヒトにとってどうか、運ぶヒトにとってどうか、という視点も出てくるだろう。そこまで行こう。
「使いやすい」も、そこに留まらないこと。
コップを「使う」って何だろうか。そこには実は「持つ」「液体を入れる」「飲む」「置く」といった基本的な機能が隠れている。
その各々の軸を見てみる。
置きにくいものは(普通は)ダメ。だから球体はダメ。升酒を試せば分かるが、直方体は、飲みにくく、持ちにくいのでダメ。円柱は、置きやすく、飲みやすく、持ちやすい。
だからコップは円柱。Q.E.D.(証明終了)?
「飲みやすさ」「持ちやすさ」を更に突っ込む!
いや、まだだ。
ここで止まってしまわないこと。
じゃあ、飲みやすさ、は何で決まる? 持ちやすさは何で決まる?
飲みやすさは、口に当たる部分のR(アール:丸さの半径)で決まる。これが大きすぎても小さすぎても飲みにくい。だから350ml入り缶飲料の上部はわざわざ段々を付けてすぼめられている。
更に考えれば、次の本質も見えてくる。
もう一度、誰にとって、を考えてみよう。
もちろんこの缶の飲みやすさは、大人にとってのもの。子どもであれば当然適正Rは小さくなる。
だから子ども用に作られたコップは、子どもの口の大きさに合わせて半径が小さい。
ただ小さいわけではないのだ。
では持ちやすさは何で決まるのだろうか。
ロボットアームがコップを自在に掴めるようになったのは、ごく最近だ。それまでは、特別な把手のあるコップしか持てなかった。掴む、ではなく、引っかけてなんとかしていたのだ。
では掴むの本質とは何か。それは、対象物の重心両側から圧力を掛けて、その摩擦力で対象物を保持すると言うことだ。指を曲げて行なうから当然、丸い方が掴みやすい。
ただそれだけでなく、この「摩擦力で保持」が難しい。だから次の質問に繋がる。
B.「なぜ下がすぼまっているか」
今回はここまで。ここからは、自分で考えてみよう。
ヒトが飲用に使用する人工物、コップ。
そのカタチの秘密に対する問いと答え「円柱なのは使いやすく作りやすいから」
でも、与えられた問いと答えに留まらず、その奥を探っていくことでより普遍的なインサイトを得ることが出来るだろう。
それはコップを超えて、「円柱というカタチに潜む様々な利便性」というまとめ方にもなろうし、「人間の飲用器具に求められる用件」ということにもなろう。
もう一歩、先へ!
初出:CAREERINQ. 2009/05/15