第50号 ペンギンをハカる
データロガーで、ハカる
こういった(人間にとって)深海での、ペンギンの「行動」が分かってきたのは、さまざまなセンサーを詰め込んだ「データロガー」の発達によるものだ。
日本人を中心とした多くの科学者たちが心血を注いだ、技術とノウハウの結晶だ。
これによって初めて、人間の視界や認識限界を超えた未知の世界の観察が可能になったのだ。
データロガーの開発は1980年代に始まった。
当時は大きくかつ低機能で、付けられる海洋生物にとっても負担の大きなものであった。
それを打ち破ったのは、パーツメーカーの協力だった。紙、気象機器、レコード針といった日本の各パーツメーカーが努力を重ね、3週間の間、時間と深度の記録が出来る直径2.5cm、長さ8.5cm、重さ70グラムの筒が完成した。
これで初めて、繁殖活動後3週間、ずっと海に行って戻らない、アザラシたちの生態が把握できた。
その結果は驚くべきものだった。
なんとその3週間の間、アザラシたちはほとんど止まらず(つまり眠り込まず)、水中や水上で動き続けていたのだ。
更に90年代に入ってデジタル化された多機能の、マイクロデジタルロガーが開発される。
深度だけでなく、水温や地磁気、対象の速度、体温変化、胃の中の温度、血中酸素濃度までもが一秒刻みで測れる代物だ。水中カメラを備えたものまである。
これで初めて、海洋動物が深海で、どんなエサをどうやって捕食しているのかが分かってきた。
そしてペンギンたちが、どんな姿で海中を滑空しているのかが、直接的にも「見えて」きたのだ。
動物たちの本当の姿を見極めたい、という研究者たちの執念が「ハカる」技術を生み出し、数々の成果に繋げたのだった。
実は単純な「仮説→検証」でなく・・・
これらのデータを、なぜ研究者たちはハカろうとしたのだろうか。
プロジェクト予算を取り、年に数ヶ月を南極や夜のウミガメパトロールに時間を費やし、ペンギン捕獲技術を向上させながら。
海洋動物の水中行動研究の第一人者である、佐藤克文さん(東京大学海洋研究所 准教授)は、著書でこう書いている。
ウソ(1):ペンギンの遊泳中どれだけ羽ばたいているかを確かめるために、加速度計をつけた、と言ったが実はそれはウソだ。
本当は、三次元での位置特定をするために、加速度計を仕込んだのだが、精度や計算法が甘くて実用に耐えなかった。
でも「亜南極の島まで出かけて、手ぶらで帰れるか」とデータを睨み続けて気がついた。この小さな揺れはフリッパーの揺れじゃないか、と。
ウソ(2):ウミガメが体温を高く保つために太陽光を利用しているかどうかを確かめるために、照度計をつけた、と言ったが実はそれはウソだ。
本当は、回遊ルートの特定をするために、照度を測ってウミガメのいる緯度を計算するつもりだったが、誤差が大きくて使い物にならなかった。
でも「何とか照度データの使い道がないだろうか」と必死で考え、体温差の説明に繋げたのだった。
陸生の爬虫類は太陽光を使って体を温める。しかし、水生の爬虫類であるウミガメはそうでなく、自身の代謝によって体温差を維持していたのだった。
仮説なんて外れるもの。
でも、新しい観測手段でハカられたデータには、きっと何かが潜んでいる。それを発見できるかどうかは、ヒトの執念と視点次第だ。
今見えているものだけが、決して全てではない。自然も、人も、組織も、市場も、まだまだ驚きに満ちたヒミツを持っている。
新しい観測(ハカる)手段を作ろう。そしてそのデータから、新しい何かを見つけ出そう。
今回が「学びの源泉」の通算50号。これまでのご愛読を感謝します。疑問、応援、コメントのメッセージをお寄せ下さい。100号目指して頑張ります。
参考図書
- 『ペンギン、日本人と出会う』川端裕人著、文芸春秋、『ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ』 佐藤克文著、光文社新書
初出:CAREERINQ. 2009/03/16