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第6号 マスター・オブ・ライフへの道(中編) 

公道 時速300kmの人生観

自らの人生観を左右するほどの「言葉」に出会うことは、そう多くはない。

しかし、SFの回で紹介した『幼年期の終わり』や『上弦の月を喰べる獅子』には、そういう言葉やメッセージが幾つもあった。

『湾岸ミッドナイト』(1~42巻、刊行中)もそういった稀少な本のひとつと言える(私にとっては)。


もともと自らのスポーツ性行を鑑みるに、静かな暴走系と言える。スキーで言えばコブ斜面をモーグル流に駆け抜けるのではなく、フラットな急斜面を限界スビードの高速ターン3本で滑り降りるタイプだ。

かつ、その途中に多少のコブがあれば躊躇無くそれを使ってジャンプする。飛距離15m以上。爽快である。

もちろん自分と他者の安全を確保するために、滑っている最中も、スピードという熱情の中で極めて高速な情報処理と冷静な判断をし続けている。


時速数十キロで迫る斜面のうねりの一つ一つ、視界の中の数十人のスキーヤー・ボーダーの運動方向・スピードとその軌跡の予測、耳を切る風の中に混じる様々な音、特に近づきつつある者の滑走音・悲鳴。

それら全てを見・聞き・考えつつ、心はスピードの恐怖と緊張に浸っている。暴れるスキー板を押さえて力ずくで曲がっていくことも快感なら、押さえ切れぬものを瞬時に解放して、逆のターンに切り替えていくことも快感だ。


そこに計算はない。反射と感性だけがある。


松本大洋の『ピンポン』(窪塚洋介さん主演で映画化もされた。バックに流れるスーパーカー『Free Your Soul』が秀逸)で言えば、「反応、反射、音速、光速」だ。

そういう極限的な主観と客観、アクセルとブレーキの二重性にこそ「力(フォース?)」がある。


『湾岸ミッドナイト』も湾岸高速道路、首都高速道路を時速300km超で走る者たちの物語だ。

悪魔のZと呼ばれる初代フェアレディZを駆る主人公アキオを中心に、様々な人生と車達が交錯していく。敵役の湾岸の帝王ブラックバード(ポルシェ911、黒色)は現役の大学病院医師、主人公を見守るレイナ(スカイラインGT-R 32型、600馬力)は19才の超人気モデル、等々。

皆分かっている。公道300km/h、それが如何に愚かな行為かということを。


地獄のチューナー 北見 淳

この本では乗り手以上に造り手、つまりチューナー達が大きな役割を果たしている。

ボディーワークの天才 高木、燃調セットアップの鬼 富永、そして、11年前、自ら悪魔のZを作り上げた地獄のチューナー 北見。

彼は1000基以上の高性能エンジンを組み上げ、その力を操りきれなかった数十人もの人生を狂わせてきた。


彼がレイナを前に語る。

「ブラックバード・・・奴ははっきりとわかっている人間だ」

「公道300km/hオーバー」「どう考えたって反社会的で狂った行為だ」

「りっぱな犯罪者だ」「自分自身がそれを一番よくわかっている」

「わかっていながらやめられない」「ダイジなことだ」


彼にとってダイジなこととは何だったのか。Zや911を追う時速250kmの車中、レイナに若さを自慢され、彼は答える。

「うらやましい・・?」「ぜんぜん」

「だってオレにも19の時はあったんだぜ」「それもとびきりの19が・・」

「21年前、19の時にオレはあのZにあったのョ」「オレはいっぱつで魅せられた」

「19の時も そして 40になった今でも、オレはずっととびきりの時を過ごしている」

「工場はつぶしたし・・家族も去っていった」

「でもオレが一番幸せだッ」「19の時からずうっと」「オレはスピードにとりつかれている」

「これ以上の 幸せが どこにあるッ」


これほどの言葉を、言い切れるか。その強さこそが自らの人生の価値を決める。

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